◆ 向井記者の大連リポート ◆

西日本新聞は、友好提携関係を結ぶ中国遼寧省大連市の大連日報社との間で、2010年夏から記者交換制度を開始した。両社は2006年に相互業務提携協定を締結し、交流を続けてきた。大連日報は1945年に創刊。現在は朝刊『大連日報』(約15万部)や夕刊紙『大連晩報』(約46万部)などをグループで発行している。西日本新聞社の外国メディアとの記者交換は、韓国・釜山日報社に続き2社目。

(2010年10月~12月 3ヶ月)

第3回 現地就職

【大連・向井大豪】

日系企業が集まる「経済技術開発区」の中心部にある高級ホテル。12月中旬、履歴書を手にした中国人大学生たちがロビーにあふれ返った。エレベーターの乗降口付近は押し合いへし合いの状態に。「もう入りきれない。午後に出直して!」。次々と押し寄せる学生たちに向かって男性警備員が声を張り上げた。

大手商社や航空会社など大連に拠点がある日系24社が参加した「合同就職面接会」。想定を大幅に上回る2000人超が詰めかけ、主催者側は急きょ、午前の入場を打ち切った。会場では各企業のブース前に1~2時間待ちの列ができ、一部の学生が貧血で倒れる騒ぎも起きた。 

「合同就職面接会」の会場には中国人大学生ら2000人超が詰めかけた
「合同就職面接会」の会場には中国人大学生ら2000人超が詰めかけた

日本と同じく、厳しい就職状況が続く中国。待遇が良く、キャリアアップにもつながる日系大手への就職は、日本語を専攻する学生たちのあこがれだ。「ワタクシ、は、オンシャで、働きたいです」-。面接官とのやり取りは原則日本語を使う。学生たちは適切な丁寧語を探しながら、長年磨いてきた語学力を懸命にアピールしていた。

大勢の中国人に混じって、日本人留学生の姿も。大連外国語学院に交換留学中の北九州市立大外国語学部3年、松元晴菜さん(21)。警備員の指示通り午後から出直し、1時間以上列に並んでようやく意中の大手商社の面接を受けた。履歴書にはこの留学中に取得した中国語の上級資格のことも記載。「15分間も話を聞いてもらえた」と手応えは上々だ。

日本語を必要とする仕事が多い大連では、「ネーティブ」であることが大きな強みとなる。まじめで勤勉な仕事ぶりにも定評がある。盛んな交易が行われる中で、中国語を学んだ日本人の現地就職のチャンスは着実に広がっている。

たとえば、大連市郊外の文教地区に隣接するソフトウエアパーク。日本資本でない企業が全体の4分の3を占めながら、業務のほとんどは日本向け。顧客データの入力や財務処理、アニメの原画制作まで、コスト削減を図る日本企業からのアウトソーシングが急増している。

北九州市立大3年の松元晴菜さん(左)と同級生の蓑輪あいみさん
北九州市立大3年の松元晴菜さん(左)と同級生の蓑輪あいみさん

各社とも若い日本語人材の大量採用を行っており、進出企業が増えるにつれて需給がひっ迫。ソフトウエアパークは大学に投資するなどして人材育成を急いでいるが、業容拡大のスピードがそれを上回りつつある。こうした中で、中国資本でありながら日本人の採用を増やす企業が出始めている。ほとんどの職場で日本語が通じるため、中国語ができないまま日本の会社を辞めて転職してくる若者もいるほどだ。

かく言う私も10年前に1年間の中国留学を経験した。当時はまだ留学生が少なく、現地就職もまれだった。交換留学や奨学金給付などの環境整備が進んだ今では、日本人留学生がずいぶん増えたようだ。近ごろ中国の賃金は急上昇しており、現地採用となっても十分に食べていけるという。

「アジアのゲートウエイ」を標榜する福岡でも、中国語の学習熱が高まり、中国人留学生の採用に乗り出す企業が増えている。日中間の職業観や商習慣の違いは非常に大きく、誤解や衝突も少なくない。互いの言葉を理解し、橋渡し役となれる人材の活躍の場は今後ますます広がっていくだろう。近い将来、中国系企業が福岡で「合同就職面接会」を開く日も訪れるかもしれない。 

流ちょうな日本語でソフトウエアパークの概要を説明する同社の田豊副総裁
流ちょうな日本語でソフトウエアパークの概要を説明する同社の田豊副総裁

第2回 再開発

取り壊し決定を表す「拆」の文字が書かれた日本統治時代の住宅
取り壊し決定を表す「拆」の文字が書かれた日本統治時代の住宅

【大連・向井大豪】

市街地の南側を走る「高爾基路」。並木道沿いにレトロな洋風の住宅街があった。近づいてみても住民の気配がほとんどない。「ほら、危ないよ!」。突然、崩れかけた建物の上から作業員男性の怒鳴り声。思わず後ずさりする私の足元に、放り投げられたレンガが落ちてきた。

ここは日本統治時代の駐在員やその家族が暮らした社宅群。平均築80年と古くなったこともあり、取り壊し作業が進められている。都市化を急ぐ大連市は街のあちこちで再開発を行っている。

ハンマーなどを使った地道な取り壊し作業が進められている
ハンマーなどを使った地道な取り壊し作業が進められている

同じ時代に敷設された路面電車も同じ。2~3年後に地下鉄が開通すれば、並行区間は廃線となる予定だ。丹東、瀋陽とつながる高速鉄道の新駅も建設中。市郊外を結ぶモノレールの延長計画もあり、市内の交通体系は一変する。

さらに、大連市は開発の伸びしろの大きな市北部地区に着目。あちこちに大規模な工業区を造り、積極的な企業誘致を展開している。市政府庁舎が市北部に移転するとの噂まで持ち上がっている。

新旧の建物が混在し、どこか懐かしさを覚える大連。今後数年間でこうした街並みは大きく変わっていくことになるだろう。親日的な大連の発展は日本にとっても好ましいこと。ただ、今回の滞在を通じて愛着を感じ始めていた私は、少しだけ寂しさも覚えている。


 

    路面電車は今も市民の足として活躍している
    路面電車は今も市民の足として活躍している

第1回 反日デモ

▲10月から勤務している大連日報社の社屋
▲10月から勤務している大連日報社の社屋

【大連・向井大豪】反日デモに話題が及んだ瞬間、ヒヤリとした。中国人の中に日本人は私一人だけ。主張のぶつかり合いになったらどう切り抜けるか。言葉を選んでいると、隣のデスクの女性が穏やかに言った。「この街で過激な反日行動が起こるなんてあり得ないよ」

今月から私の職場は中国・大連市の新聞社「大連日報社」になった。記者交換協定を結んだ西日本新聞社からの第1号派遣で、当たり前だが、同僚はみんな中国人。漁船衝突事件により日中関係が揺れる一方で、日本人記者を受け入れた大連日報社内は拍子抜けするほど落ち着いている。 

▲街のあちこちに日本料理店が立ち並んでいる
▲街のあちこちに日本料理店が立ち並んでいる

それもそのはず、大連と日本とのつながりは深い。4千社近い日系企業が進出し、夕方を過ぎれば大勢の日本人駐在員たちが繁華街にあふれる。あちこちに日本料理店が立ち並び、中国人店員が流ちょうな日本語で迎えてくれる。日本人と密に交流し、留学せずに日本語をマスターしたという大連人は驚くほど多い。 

中国で最も親日的とされる国際都市。コンパクトな街のつくりは、福岡市・天神地区にそっくりだ。「久留米風」を掲げた居酒屋で焼酎をあおり、帰宅前には博多ラーメンをすする。ひとまずそんな生活を送りながら、福岡と大連の関係の未来について考えている。 

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